チョコレート・ガール探偵譚
吉田 篤弘[著]
便利で退屈な社会
今や生活に不可欠なインターネット。
大抵の欲しい情報はすぐに手に入り、買い物や学習の効率が爆上がりした便利な社会を私たちは生きています。
その一方で、必要なものがすぐ手に入ってしまうことによる物足りなさを感じ、学生時代に経験した「自分で調べる授業」の懐かしさを感じてしまうこともある今日この頃。
今日はそんな「便利すぎて物足りない」感情を持て余している方にお勧めの本を紹介します。
退屈を脱出するヒントが得られるかもしれませんよ。
「幻の映画」をさがす実録エッセイ
「チョコレート・ガール探偵譚」は作家の吉田篤弘先生の実体験を綴った実話エッセイです。
戦前に公開された映画「チョコレート・ガール」。今は存在しないかもしれない幻の映画を追い求めた実際の記録とその顛末が描かれます。
始まりは吉田先生の自宅の本棚から。
以前古本屋で購入した映画のパンフレットを再発掘した先生。
改めて目を通すと「チョコレート・ガール」という映画タイトルに魅かれます。
既知の監督の手掛けた「未知の作品」だったことも手伝い、実際に目にしたいと思う先生。
戦前の映画は戦火によりフィルムが消失してしまったものが多いことは承知しつつ、そのうえ文明の利器に頼らない縛りを課した探求の旅が始まります。
現代に逆行する「縛り」
本編では「チョコレート・ガール」の映像、またはストーリーを探索する過程が描かれますが、先生はその中でインターネットに頼らないという縛りの中で行動することを決めます。
「チョコレート・ガール」という単語を直接ネット検索せず、自前の蔵書や古本屋巡り。図書館の利用を主な手段として調査していくのです。
そんな小学生の調べもの学習の大人版のような行動を追っていくと、ネット検索には到底及ばない、不便な点がいくつも立ちはだかります。
その中でも目立って不便だと思ったのが「情報が少ない」という点です。
例えば気になる映画をネット検索した場合、公式サイトの情報から口コミ、公式グッズや関連作品まで、一挙に情報を手に入れることが出来ます。
映画を見るのか見ないのか、次のアクションも決めやすく、判断材料が豊富に手に入ります。
しかし先生がとったアナログな手法では、得られる情報が必然少なくなってしまい、その少ない情報から信憑性の判断、次に繋がる情報の予測まで、頭脳頼りにならざるを得ません。
いかにストーリー作りが本職の作家といえども、文明の利器に慣れた生活をしていれば、歯がゆく、時間を食う作業です。
しかしながら、そんな面倒をこなしながらも少しずつ進んでいく探索の旅。
読んでいると企業の宣伝色が強い情報に翻弄されたり、より良い資料を見つけた際の喜びや徒労感を感じたり、欲しいものに手が届かないもどかしさを強く感じます。
そしてそれは、全ての苦労が一気に報われる瞬間に対する渇望に繋がっていくのです。
禁欲が快楽のスパイスになるように、不便を我慢したことによる大きな満足感への期待がページをめくる手を早めます。
手間を楽しむための指南書
金額や希少性など、条件はあれど何でも手に入る現代。
「チョコレート・ガール探偵譚」は、そんな便利すぎる時代に手間の楽しみ方を教えてくれる指南書でもあります。
はたして吉田先生は「チョコレート・ガール」を発見できるのか。
その結末にたどり着くまでの、楽しくもヤキモキした気持ちを、ぜひ貴方と共有できればと思います。
「便利」から離れ、「不便」を楽しむための正解の一つをどうぞお楽しみください。
ではまた。



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