「ヒポクラテス」シリーズ
中山 七里[著]
広すぎる畑
私たちが普段目にすることが出来ない現場の裏側を舞台にしたミステリ小説。
その代表ともいえる「医学ミステリ」。
今や確固たる地位を築いたジャンルから、数多くの名作が発表されてきました。
しかし、その選択肢の多さ故に「どこから手を出したらいいか分からない」と感じた人も多くいるはず。
今日は、そんな医学ミステリを新しく開拓したい人や、自分には合わないと距離を取っていた人にもお薦めできる作品を紹介します。
前提条件として
「ヒポクラテス」シリーズは中山 七里(なかやま しちり)先生が執筆する、法医学ミステリです。
法医学とは「犯罪捜査や裁判において必要とされる医学的事項を研究・応用する学問」であり、遺体を解剖して判明した真実をもとに事件を解明していきます。
舞台は浦和医大法医学教室。
埼玉県警から運び込まれた遺体から事件が立ち上り、展開してゆきます。
主要メンバーは以下の4人、
【光崎 藤次郎】(みつざき とうじろう)
法医学教室の教授。斯界の権威と評される実力者だが、生きた人間を嫌い、死体しか信用しない偏屈な老医者。執刀の腕前はピカイチで、時には他の医者が見逃した事実までも明らかにしていく。
【キャシー・ペンドルトン】
光崎教授の部下の助教授。光崎の下で学ぶために来日したアメリカ人女性。流暢な日本語を話すが、時々妙な言い間違いをする。お茶目で解剖が大好きな、光崎とは別ベクトルの変わり者。
【栂野 真琴】(つがの まこと)
法医学教室に所属する助教授。
シリーズ第1巻は栂野先生が浦和医大法医学教室の門をたたくところから始まる。
上司に振り回されながらも勤勉で良識的な言動が逆に目立つ女性であり、事件の際には相棒刑事のブレーキ役も務める。
【古手川 和也】(こてがわ かずや)
埼玉県警の熱血刑事。
事件に対する嗅覚が優れており、まだ表面化していない事件に対しても食らいつくガッツと、それを警察のフィールドに引きずり下ろすための狡猾さを併せ持つ。
この主要メンバー4人はキャラクターはもちろんですが、作中での役割もハッキリと分かれているように思います。
その役割分担がキャラクターを引き立てるとともに、物語の分かり易さを生み出しています。
明確な4つの役割
まず栂野先生。
作中で最も出番が多く、物語も栂野先生の目線で進行していくことが多いので、読者の代弁者としての役割を担っています。
先生が事件や関係者に対して感じるやるせなさや不快感、法医学者としての職責や使命感など、丁寧に描かれる良識と責任感が読者の好感と共感を掴みます。
そして相棒の古手川刑事。
埼玉県警の刑事という事件を解決に進めるための実働者であり、言わずもがな探偵役です。
事件と関係者の思惑に直接かかわる立場の熱血刑事。
ややコンプラを軽視した猪突猛進な捜査をすることがあり、そこも含め癖のある魅力的な探偵と言えるのではないでしょうか。
キャシー先生は補足・解説役。
お喋りと解剖が好きなキャシー先生。
栂野先生との会話の中で、司法解剖の現状や事件のキーとなる出来事の説明をしてくれることがあります。
これから解明されていく事件のベースとなった社会問題や犯人の心理。それらを軽く予習することで物語に入り込みやすくなり、作品の分かり易さを支える要素の一つとなっています。
最後に光崎教授。
神業ともいえる技術とわが道を行く性格で、作中でも圧倒的な存在感を放っています。
しかしながら出番自体は少なく、ほとんど解剖シーンでしか登場しません。
それゆえ光崎教授が登場する解剖シーンは事件のターニングポイントとして存在感を放ちます。
遺体に隠された情報が提示される場面が強く読者の印象に残り、短編であっても長い紆余曲折を得て手にしたような満足感があるのです。
これら4人のキャラクターと4つの要素によって、医学知識に埋もれた敷居の高い物語にならず、幅広い世代・環境の人たちが楽しめるエンタメになっている法医学ミステリなのです。
医学ミステリは怖くない
本作は2025年9月現在、シリーズ6巻目となる「ヒポクラテスの困惑」までが発売されています。
形式は短編連作なのですが、そこはどんでん返しの帝王。
隠されたミッシングリンクが最後まで読者を驚かせてくれます。
新しいジャンルの開拓に、倦厭していた医学ミステリのリハビリにお薦めですよ。
ではまた。



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