おばけ桃が行く
ロアルド・ダール[著] クェンティン・ブレイク[絵] 柳瀬 尚樹[翻訳]
良い人、お疲れ様です
小説か何かで「真面目さは人間の一番の美徳である」と読んだ気がします。
日々誰にも迷惑かけずに平凡に過ごす人は、絶対に立派です。
しかし、そんな人ほど損をしてしまうのも真理です。
要領のいい人を羨んでしまったり、不幸を願ったりしてしまうこともあるでしょう。
そんな卑屈な自分が嫌になって疲れたときは、ロアルド・ダール先生のお話がお薦めです。
そこに加わるクェンティン・ブレイクさんの挿絵と、原作の勢いそのままの柳瀬 尚樹さんの翻訳の妙。
自分の薄暗い面を許せるようになるかもしれませんよ?
初めてのブラック・ユーモア
「おばけ桃が行く」は少年と少々変わった仲間たちの冒険を描いた児童文学小説です。
作者のロアルド・ダール先生は、映画化もされた「チャーリーとチョコレート工場」の原作者であり、大人向けの短編集なども手掛けたイギリスの作家です。
私がダール先生の作品に出合ったのは小学校低学年の時。
「おばけ桃」というなんだか可愛いフレーズが気になったのが切っ掛けです。
そして「おばけ桃」は、私が初めてブラック・ユーモアという作風に触れた作品でもあります。
人の悪い面をも面白くしてしまう物語に夢中になり、図書室のダール作品をすぐに制覇してしまう程嵌まってしまいました。
この「悪いことを楽しむ」という経験が、ミステリやホラーといったジャンルを開拓する原体験だったような気がします。
ここでロアルド・ダール先生の児童書を読むうえで共通するお願いがあるのですが、ぜひクェンティン・ブレイクさんが挿絵を担当した作品で読んでみてください。
ダール先生の不思議で軽妙、時に不気味な作風にぴったりと嵌る挿絵はまさにマリアージュ。
一見雑に見える線で描かれるキャラクター達は悪役でさえ愛嬌があり、ダール先生の作品世界をブワッと広げます。
大人買いするなら、評論社のロアルド・ダール コレクションが可愛いサイズでお薦めですよ。
ぜひ。
勧善懲悪は不謹慎か?
さて、「おばけ桃が行く」です。
主人公はジェイムズ少年。
ご両親を亡くし、意地悪な二人の叔母に毎日いじめられる薄幸の男の子です。
ある日、叔母二人に召使いのように扱われるジェイムズ少年に転機が訪れます。
非常に奇妙な老人との出会いです。
その老人から緑色で米粒大の魔法のアイテムを袋いっぱいにもらい、興奮と希望に包まれながら走っていたら転んでしまって袋の中身を地面にばらまいてしまいます。
緑色の粒は地面に吸い込まれるように消えてしまい、一転絶望するジェイムズ少年。
しかし、魔法の力を吸った枯れ木には大きな桃が生ったのでした・・・。
ここからジェイムズ少年と仲間たちの大冒険が始まるのですが、ダール作品では悪者は完璧に懲らしめられるか、早々に退場することが多いです。
それは時には大人向けの童話のように残酷な方法であることもあります。
この作品も二人の叔母が割とサクッと退場するのですが、正直そこに胸のすく思いがするのは否めません。
だって面白いのですもの。
子供向けの本にしてはやや不謹慎とも思える描写が多いダール作品ですが、ベースには完全なる勧善懲悪の物語があります。
人の不幸を喜ぶ薄暗い面というエッセンスを、魔法とユーモアたっぷりのシロップに垂らしたような苦みと甘みの共存する作風が癖になるでしょう。
楽しい悪い子
表に出さないだけで暗黒面は誰にでもあります。
ロアルド・ダール先生の作品は、その暗黒面を弾むように軽妙な文章で楽しむことができて、そのうち暗い側面そのものを楽しむことも少しはできるようになっていくでしょう。
「良い人」であるのに疲れたら、ダール先生の物語の中で「悪い子」になってみませんか?
ではまた。
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